ヨルダンの旅5

夜明け前に頑張って起きて日の出を見学。朝食は7時。

ビジターセンターまでモハメドさんに連れていってもらい、ヨセフさんに引き渡され、今回の旅のメイン・イベントとも言えるペトラに向かいました。

途中にあったこの鉄道は『アラビアのロレンス』にも出てきたあの鉄道!





運転席でやたら嬉しそうな私。鉄子じゃないけど。



夫も乗ってみる。


ガイドのヨセフさんも乗ってみる。

なんと日本製だ!




ペトラの遺跡の入口が目の前に見えるモーベンビック・ホテルにチェックインし、お昼を食べた後、遺跡へ。
入口付近には馬や馬車がウロウロ。馬は入場料に含まれているよ〜と声をかけられますが、馬はタダだけど俺の手間賃は入っていないと料金を請求するのが手だそうです。
入口付近にはジン・プロックスという方形墓があり、表示されていた説明書きをみていたらまるで上にうん☆が乗ってるように見えるデコレーションのものがあるではありませんか。夫と二人で「吾妻橋のアサヒ・ビールのビルみたいだ!」となぜか大喜び。あとでガイドブックを見たら、どうやらそれはヘビのモニュメントということでしたが、悲しいことに見つからず。


          入口付近。




この辺は平坦で過酷な遺跡巡りになるとはまだ知らない。




あの有名な延々と続くシークは1.2km。バラ色の岩と今までの近くの歴史がわかる横縞の美しさもさることながら、ペトラに住んでいたナバタイ人の給水技術 は驚くべきものがあります。
砂漠で限られた水をコントロールするその技術の高さは後からきたローマ人が手を加えるところはほとんどなかったそうです。
シークを抜けるとエル・ハズネが突然現れるのは非常にドラマチックです。『インディー・ジョーンズ』で目にした覚えがあるのではないでしょうか?あれの生です。感動です。






通りを抜けるとこれが目の前にどっこーん。


なんでこんなものをコツコツ作れるのでしょうね。硬いし、高いし、もう口開けっ放しです。



           劇場も削って作る。



スタンダード・ルートとガイドブックに書かれている入口からスークを抜けてカスル・アル・ビントまでは平らな道なのですが、
さらにあちこちに行こうとすると結構登らなければなりません。階段もあれば岩もあります。
私たちはペトラに2日滞在することになっていたので、初日にスタンダード・ルートと犠牲祭壇とワディ・ファラサというルートを行って見ることにしました。

犠牲祭壇とワディ・ファラサはトレッキングルートとなってます。
どひ〜。
トレッキングなんてしたことないのに!!
難易度は星三つでそれほど難しくなようですが、上に登っていく石の階段がきついのなんの。
くじけそうな時、「ロバの乗らんかね〜」とベドウィンのロバ使いが寄ってきます。ロバってこんな石段登れるのね。
すごい〜。
私たちは自力で頑張ったけれど、乗っている人も結構いました。
上り詰めて祭壇はどこ??とキョロキョロしたが見つからず、私たちと同じようにキョロキョロしていた男性が木陰でくつろいでいたベドウィンの女性に「犠牲祭壇はどこ?」と聞いたので、私たちも盗み聞きしようと耳をそばだてるの、その女性、結構高齢だと思うのですが、おもむろにその男性の腕を掴み岩を登りだしました。
岩ですか〜?とビビった私たちは、犠牲祭壇はスキップ。


         犠牲祭壇のちょい手前のオベリクス。これも削り出し。


『庭の墓』まで登っていくと子猫がどこからともなくやってきてまつわりつきます。
お腹空いてるのかと思うがあげるものがない。せめて水だけでもあげようかと思うが、水を入れるものがない〜。
岩のくぼみに水を入れると子猫は勢いよく舐めだしましたが、すぐその水が岩に染み込んで無くなってしまいます。
ごめんよ〜。
子猫はしばらく後をついてきましたがそのうち諦めたらしくどこかに消えました。



そのうち道がなくなってきて、気がついたら草ぼうぼうの道ではないようなところを歩いていることに気がつきました。
ペトラは7時に締まります。
道に迷ったかも!と思った時点で既に6時近く。
閉まってたらもう外に出られない??そうしたら遺跡で寝るしかない??
などなど不安が募ります。
遺跡は以前ベドウィンたちが住んでいただけあって、 なかなか良さそうな場所はいくつかありました。(現在はベドウィンたちはここを出て、政府が作った住宅地域に住んでいます。一人だけ ベドウィンが遺跡内に残っています)
気候的には外で寝ても問題ないけれど、コンタク・トレンズのケアセットがないのでどうしようという非常に現実的な問題に突き当たって軽くパニック。
うわ〜ん。と思っていたら、どこからともなくベドウィンの子供達が登場。

ベドウィンたちは自由に出入りできるようで、そこでカフェを開いたりお土産物を売ったり、馬車やロバの仕事をするのも皆ベドウィンです。
その子に道案内をしてもらうことにしました。
よかった。ふたりぼっちじゃなかった。


             不安を煽る夕闇。出口まで早足。



何しろトレッキングコースがいくつか入っているくらいだからこの遺跡非常に広いのです。
トレッキング・ルートを歩くときの注意は、一人で行かない、ガイドを雇う、装備はしっかり。
なので迷ったら大変。
とにかくその子のおかげで無事帰り道は修正され、ほとんど最後のお客の一団として私たちは出口を出ました。
上り下りの激しい運動の後だったので、もう外に食事に行く気にもなれずホテル内で食事、部屋に戻って爆睡でした。

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