ヨルダンの旅3

ヨセフさんが朝迎えに来て、次の場所ジェラシュへ向かいました。
イタリアのポンペイの次に大きいローマ時代の遺跡のあるところです。








 これはヒッポドローム。戦車競争をする楕円形の競技場です。



ここでも現地の10代の女の子にセルフィーに入るように頼まれ、私って人気者。周りの他の外国人観光客は特に頼まれていないようなので、もしかしたら東洋人が珍しいのかも。いや、「珍しい顔の人がいたからセルフィーに入れた」とか言われてたら悲しい〜。


その日は、金曜日だったのですが、ヨルダンの週末は金土。木曜日の夜は花木になり、日曜日は平日で学校もあるとのことで、本来なら私たちはジェラシュの後にアジュルンというところに行って、十字軍に備えて建てられた城、カラート・アル・ラバドに行くことになっていたのですが、昼過ぎになればどんどん人もやって来てめちゃ混むだろうということで、そこは翌日の朝に行くことにしてにし、ジェラシュからそう遠くないオルジュンという村に向かいました。
ここでヨルダン人のご家庭に1泊ホームステイすることになっていました。「明日の朝迎えに来るね〜」と行ってヨセフさんは去り、ホームステイ先のお父さん、モハマドさんに託された私と夫。
「ウェルカム、ウェルカム」とジュースを出してくれながらも口数の少ないお父さん。あまり英語は得意でないらしいので大丈夫か〜?と思っていると、お母さん、メイスーンさん登場。









お母さんはお話し好きで英語も話せるのでほっと一息。ここのお宅は最近新しい家を近所に建てたそうで、その日はそちらの新居に行って一緒にご飯を作ることになりました。
新居はピカピカで、客間が広い。親族など大人数集まるので広い客間が必要なのだそうです。お宅には子供が4人。娘3人の下に3歳の男の子がいます。フェミニストの人は怒るかもしれないけれど、上のお姉ちゃんを差し置いて、長男の名前にお父さんだったらアブ、お母さんだったらウマとつけて呼ぶそうで、例えば、アリ君のお父さんはアブ・アリ、お母さんはウマ・アリだそうです。
日本の(仮)たっ君ママ(自分も人もおばさんと呼ばせないママ友たちの協定か??)とかに似てますね。私の子供の頃はよそんちのお母さんは皆、おばさん、お父さんはおじさんだったのですが。
夫の名前は問題ないが私の名前は言いにくいのでココにしようと決まり、「ココ・シャネルみたいでいいのではないかしらん」とご機嫌だったのに、ひょんな拍子から私たちにでかい息子Tがいることがわかり、ウマ・Tになってしまた。さよならココよ。夫も一挙にアブ・Tに。
息子、ここにいないのに名前をいました連呼されるとは思っていなかったでしょう。

さて、お母さんの指導で料理教室となりましたが、これはかなり嬉しかったです。
というのも、実はオプショナルでアンマンで料理教室、という話もあったのですが、人数が集まらないと一人頭の値段が高くなり、どうやら私と夫しかいないことがわかり、料理教室を断念していたからです。
お母さんは「アブ・Tもやっていいのよ」とは言ってくれたものの、なんとなく男は居間、女は台所という感じだったので、言葉があまり通じないながらも夫はお父さんと一緒にいることにしたようでした。


               
                先生と生徒。



本日の料理はサラダとドゥワリ、モタベル、マクルーバで、マクルーバは初日に食べたと説明するとお母さんちょっとがっかりした様子でしたが、ナスが入っていたというと「んじゃ、 ナスの入っていないマクルーバにしましょう!」ということに。

まず、庭に行ってグリーンピースを摘む。
そこからですか!!!
料理に使う野菜は全て庭から。おいおい新居にヤギも来るそう。
摘んだグリーンピースは柔らかいのでさやごと食べられます。摘みながらつまみ食い。生で食べるの初めてでした。
まずそのグリーンピースの両側をカットという作業を任されました。



甘い紅茶で休憩。早っ。


紅茶はお父さんが入れてくれます。

それからモタベルという料理のためにお母さん、ナスを丸ごと直接ガスコンロ に置いて 焼いてました。豪快です。
グリルして皮をむいてそこにタヒニというゴマのペースと、ガーリック、塩、ライムなどを加え出来上がり。

サラダのために野菜を細かく切ってちょうだいと言われ、ナイフを渡されましたが、このナイフ、とっても切れない。
そこへ予告なしにお母さんの妹一家がやって来て、妹さんが料理に合流。
ちぎるように苦労して野菜を切る私を横目に切れないはずのナイフで見事にサクサク野菜を切る妹さん。「なんで〜?」という私に、「慣れてるから」と平然としています。
小さく切った野菜(トマト、レタス、きゅうり)にオリーブオイルとスマックとかけてサラダの出来上がり。スマックは木の実を粉末状にしたもので、酸味と見た目で梅干しをつけるときの赤紫蘇に似ています。

次はドゥワリ。まず葡萄の葉を茹でて柔らかくし、そこに米とオイル、スパイス(シナモン、クミン、粉末ガーリック、粉末オニオン、カルダモン)を混ぜたものを少量置いて細長く巻いていきます。
ラム、玉ねぎ、にんにく、トマトを茹で、ラム、玉ねぎ、ガーリック、トマト、にんにくの順番で重ねていき、上にぶどうの葉で巻いたご飯を乗せて水を少量加え、1時間ほど煮ます。


そしてマクルーバには鶏肉を使いました。
まず鶏肉を油で揚げ、それからグリーンピースもさやごと油で揚げ、鶏肉、グリーンピース、そこに洗った米、ドゥワリと同じスパイス、塩を加え、1カップのバスマティライスには1カップの水、という割合で、水を加え、米が柔らかくなるまで20分ほど調理して出来上がったらひっくり返して皿に盛ります。野菜は揚げないでグリルするともっとヘルシーとのことでした。入れる肉も野菜もなんでもいいそうです。大抵、ラムか鶏でしたが。



             お母さん、鍋をひっくり返します。


出来上がり〜。



通常は、何か1品プラスサラダ、を食べるそうですが、今回ゴージャスにメイン2品、とモタバルとサラダ、そして妹さんの持って来た鶏肉を使ったご飯ものという大ご馳走になりました。


食後は「うち、見る?」という妹さんのお言葉に甘えて、車で同じ村の中の妹さんのお宅へ。
そしてそこではケーキの教室。
テラスでケーキを食べながら、村にはキリスト教とも人たちも住んでいるけれど、お互いの宗教行事にも呼び合ったりして仲良くしているそうで、ヒジャブを身につけるような年頃になって初めて、「あ、別の宗教なんだ」と気がついたそう。また、村からキリスト教徒の人が選挙に立候補した時はその人に投票し、その人は政治家になった、などなども教えてもらいました。

パンパンのお腹を抱えてお父さんの車で古い方のお家へ戻ったらもうバタンキュー。

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